<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom">
    <title>マリード［同和行政オブザーバー］</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://muhajirin.com/almarid/" />
    <link rel="self" type="application/atom+xml" href="http://muhajirin.com/almarid/atom.xml" />
    <id>tag:muhajirin.com,2008-07-20:/almarid//3</id>
    <updated>2008-11-16T06:22:42Z</updated>
    <subtitle>同和行政と部落解放運動の現状をレポート。</subtitle>
    <generator uri="http://www.sixapart.com/movabletype/">Movable Type 4.13</generator>

<entry>
    <title>環境局冤罪免職処分はなぜ生まれたか／解放同盟大阪府連幹部セクハラ事件</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://muhajirin.com/almarid/2008/11/post-22.html" />
    <id>tag:muhajirin.com,2008:/almarid//3.36</id>

    <published>2008-11-16T06:02:36Z</published>
    <updated>2008-11-16T06:22:42Z</updated>

    <summary>現在発売中の月刊誌『ねっとわーく京都』（２００８年１２月号）に、記事２本を書いて...</summary>
    <author>
        <name>寺園敦史</name>
        
    </author>
    
        <category term="Blog" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="お知らせ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://muhajirin.com/almarid/">
        現在発売中の月刊誌『ねっとわーく京都』（２００８年１２月号）に、記事２本を書いています。「環境局冤罪免職処分はなぜ生まれたか」と「この団体に『人権』を語らせるな──解放同盟大阪府連幹部セクハラ事件とたたかう女性」
        <![CDATA[ひとつめの「環境局冤罪免職処分はなぜ生まれたか」。

２００６年から翌年にかけて京都市政を揺るがせた、市職員の犯罪・不祥事問題のさなか、一人の環境局職員が公金横領の罪で懲戒免職になった事例がありました。職員は横領などした事実はないと処分に納得せず、取り消しを求めて裁判に訴えたところ、物的証拠が何もないままの処分であり、市当局が唯一の根拠とした人物の証言も勘違いに基づくものだったことが判明しました。そして、２００８年７月大阪高裁で、免職取り消しの判決が確定しています。

実にひどい、いい加減な処分でした。証拠もなく公金横領の罪名を着せられクビにされてはたまらない。復職しただけではとても納得できるものではないでしょう。

いろんな制約があり、十分な記事ではありませんが、事実経過を短くまとめています。

ふたつめの「この団体に『人権』を語らせるな──解放同盟大阪府連幹部セクハラ事件とたたかう女性」。

解放同盟の幹部（大阪府連専従）が人権協会女性職員に執拗なセクハラをはたらいたものの、加害者は謝罪するどころか、被害者の女性を踏みつけにする対応をとり続け、また、雇用主である大阪府連も、この幹部に何の処分を課さないというひどい話。

この事件については、今年６月、ジャーナリストの村上恭介さんが『週刊金曜日』にレポートを書いたとき、本ブログでも紹介しています。（マリード［同和行政オブザーバー］ - <a href="http://muhajirin.com/almarid/2008/06/post-6.html" target="_blank">セクハラ事件に見る解放同盟退廃の深刻度</a>）

今回『ねっとわーく京都』では、被害者の女性にインタビューし、彼女の思いを中心に伝えています。]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>アーニー・ディフランコを知ってますか</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://muhajirin.com/almarid/2008/11/post-20.html" />
    <id>tag:muhajirin.com,2008:/almarid//3.35</id>

    <published>2008-11-16T03:15:43Z</published>
    <updated>2008-11-16T03:30:08Z</updated>

    <summary>気がついたら３か月以上更新していませんでいたね、このサイト。失礼失礼。ときどき（...</summary>
    <author>
        <name>寺園敦史</name>
        
    </author>
    
        <category term="Blog" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="批評・雑談" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://muhajirin.com/almarid/">
        気がついたら３か月以上更新していませんでいたね、このサイト。失礼失礼。ときどき（いやしばしば）自分のホームページなど見るのも嫌という気分にかられるのです（その反面、とてつもなく愛着を感じるときもあり）。マリード［同和行政オブザーバー］の古くからの読者でしたら、そんなわたしのむら気についてはすでによくご存じのことでしょう。

またポツポツと情報を発信していきたいと思います。といっても最近ろくな材料を持っているわけではありませんが。
        <![CDATA[さて、今日はひとりごとのような雑談です。

だいぶ前、エイトール・ヴィラ＝ロボスというブラジルの音楽家を愛聴していると<a href="http://www15.ocn.ne.jp/~almarid/profile.html" target="_blank">書いたことがありました</a>。このおじさんの「ブラジル風バッハ」とタイトルが付けられた交響曲全曲（１番から９番まである）は、わたしが長い原稿に向かうときのテーマ曲なのです。書いている間、ずっとBGMとして流し続けている。

でも、近頃は長い原稿を書く機会がないので、聞くこともなくなりました。かわりに今愛聴しているのが、アーニー・ディフランコ（Ani DiFranco）というアメリカの歌手。

もう何年も前に買ったCDに「花はどこへ行った　ソングス・オブ・ピート・シーガー」という作品がある。ピート・シーガーの代表曲をいろんなミュージシャンがカバーしたやつです。

そのなかで、「My name is Lisa Kalvelage」という収録全３９曲の中でも圧倒的な存在感を示す曲を歌っているのが、アーニー・ディフランコだったわけです。歌詞も訳詞もついていないのでよくわからんが、ナチ時代の残虐行為への加担を追及され続けるドイツ人女性の苦悩を歌っているみたいです。

内省的、寂寥感、倦怠感。これまでこの曲も含め、何度も聴いているはずのCDでしたが、不意に、どんな女性が歌っているんだろうと、気になりだし、彼女のCDを近所の図書館で借りてきて聴いてみました。必ずしも「Lisa Kalvelage」と同様の世界ではありませんが、はじめとっつきにくかったのに、どんどん自分の感性になじんできました。

で、このところいつもこの人のCDをかけながら仕事しています。日本では聞かない名前だけど、アメリカではかなり有名みたい。

Amazonの「花はどこへ行った ～ソングス・オブ・ピート・シーガー」のページ
<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B00005ETY7?ie=UTF8&tag=almarid0e-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=B00005ETY7" target="_blank">http://www.amazon.co.jp/gp/product/B00005ETY7?ie=UTF8&tag=almarid0e-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=B00005ETY7</a>

アーニー・ディフランコの歌う「My name is Lisa Kalvelage」はYouTubeで聞くことができる。
YouTube - My Name is Lisa Kalvelage
<a href="http://jp.youtube.com/watch?v=ZyVr9tEc08k" target="_blank">http://jp.youtube.com/watch?v=ZyVr9tEc08k</a>

アーニー・ディフランコのホームページ
<a href="http://www.righteousbabe.com/ani/index.asp" target="_blank">http://www.righteousbabe.com/ani/index.asp</a>

更新が滞っている間、アップロードの仕方もわからなくなってしまって、この記事を載せるのにもずいぶん手間取ってしまった。]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>おかしすぎるぞ、総点検委員会</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://muhajirin.com/almarid/2008/08/post-21.html" />
    <id>tag:muhajirin.com,2008:/almarid//3.34</id>

    <published>2008-08-06T12:16:15Z</published>
    <updated>2008-08-06T12:31:15Z</updated>

    <summary>８月６日午後、京都市同和行政総点検委員会（委員長＝新川達郎・同志社大学大学院教授...</summary>
    <author>
        <name>寺園敦史</name>
        
    </author>
    
        <category term="Blog" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="取材メモ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://muhajirin.com/almarid/">
        <![CDATA[８月６日午後、京都市同和行政総点検委員会（委員長＝新川達郎・同志社大学大学院教授）の第５回会合が、職員会館かもがわで行われました。この日もまた、同和奨学金の返還を市が肩代わりしている自立促進援助金制度の見直しについて議論されたのですが、さっぱりわけのわからない、結末となりました。

会議では冒頭、７月３０日に開催された自立促進援助金制度についての専門部会（自立促進援助金制度の見直しに係る法的課題整理等研究会）の審議内容（<a href="http://muhajirin.com/almarid/2008/07/post-15.html">マリード［同和行政オブザーバー］ - 風向き少し変わった...か</a>）が、新川委員長から報告がありました。とくに重要な点は下記の４点かと思います。

１　自立促進援助金制度は２００７年度から廃止すること（２００７年度から市は自立促進援助金の支給を停止している）。

２　廃止とセットで、返還困難者に対する返還免除制度を創設すること。

３　長期自立促進援助金を支給されている借り受け者に対しては、多様な免除基準を設けるものの、すべての借り受け者に対して返還を求めるべきだとの意見と、確定している大阪高裁判決において２０００年以前に支給された援助金は「違法とは言い難い」と判定されていることを踏まえ、返還対象者は２００１年度以降に返済がはじまったものに限定するとの意見があること。

４　新たに創設する免除基準は、国奨学金の基準（生活保護世帯の１・５倍以内の収入）を基本に考えること。

新川委員長の報告を受け、出席委員一人ひとりが意見を表明しました。それによると全員、上記１、２、４については異論はありませんでした。３（つまり誰を返還対象者とするのか）についても、発言する委員は次々に、２００１年度以降に返済が新規にはじまった借り受け者に限定する案に賛同したので、委員長もこの方向でまとめようとしたのですが、これに対し、中坊公平委員（元日弁連会長）が、異議を唱えたのです。

中坊委員の異議内容をわたしなりにまとめると以下のとおりです。基本的には７月３０日の研究会での主張と同じだったと思います。

「２００１年度以降の借り受け者に限定するということは、それ以前の借り受け者については、市は債権を放棄することになる。そういうことを市民は納得するだろうか。確定判決が２０００年以前の援助金の支給については「違法とは言い難い」と言っていることはわかるが、自立促進援助金の問題は、そもそも誤った市の行政によって生み出された問題ではないのか。

「古い借り受け者ということは、大学を卒業して何年にもなる人が多い。そういった人の中には返済能力を十分持っている人もいると考えられるが、そういった人も含めて一律に援助金を支給してきた行政の在り方が今問題にされているのではないのか。

「誤った行政のひずみが問題とされているときに、債権放棄することが市民感覚に受け入れられるかどうか疑問だ。公の債権をどうするか、根本的に考える必要があるのではないか。

中坊委員の主張は、この日の議論の未解決の問題点を指摘するものであったと思います。

つまり、わたしの言葉で言えば、市が、法令や制度の趣旨を意図的に踏みにじり、虚偽の説明（「同和奨学金の返済は必要ない」と言って借り受け者を騙していた）をくり返したことによって生じた問題であるのに、今また債権（数十億円にのぼると思われる）を放棄することを、そんな簡単に決めていいのか、それが京都市の同和行政の抱える問題点を是正することになるのか、という指摘ですね。

きわめて重要な指摘だと思います。

ところが、冒頭わたしが「わけがわからない」と書いたのは、ここからなんです。当然のことですが、この中坊委員の問題提起を受けて、さらに議論が続くのかと思いました。再び委員一人ひとりからこれについての見解を聞くことになると。

しかし、奇妙なことに、新川委員長は議論を打ち切ってしまったのです。今出た意見を踏まえて、自分が自立促進援助金問題の見直し案（委員会としての中間報告案）を作成し、次回委員会に提案したいので、よろしくと告げたのです。

今後の見直し案の根本問題にかかわる対立点があるというのに、審議の終結を宣言するって、いったいどういうこと？　奇妙と言わざるを得ません。突然議論が打ち切られたというのに、中坊委員も他の委員もそれについて反対しなかったことも、またさらに奇妙。

まあ、要するに会議の前からこの日の結論は決まっていたということか？

この日の会議は、この後、コミュニティセンター（旧隣保館）のあり方、改良住宅のあり方の議題にうつりました。ここでもまた、委員のみなさんの大ボケ発言が連発され、傍聴している方がずいぶん恥ずかしい思いをさせられることになりました（聞いているほうが恥ずかしいわ、というやつ）。

わたしは、座っていて、悔しくて情けなくて涙が出るほどだったのですが、同じく、この日傍聴していた運動団体幹部の面々や市会議員の方々はどう受け取ったのでしょう。わたし以上に悔しい思いをしているはずだと思うのですが（だってこれまで長い時間をかけて自分たちが作り上げてきたものが、こんな連中の手でつぶされていくわけですから）、会議終了後、文句ひとつ言うことなく帰ってしまいました。これまたいったいどうしたことか。一発くらいかまさんかい。]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>泥沼、より深みへ──同和行政総点検委員会の逆走</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://muhajirin.com/almarid/2008/08/post-19.html" />
    <id>tag:muhajirin.com,2008:/almarid//3.32</id>

    <published>2008-08-05T12:01:20Z</published>
    <updated>2008-08-05T12:03:43Z</updated>

    <summary>8月8日発売予定の月刊誌『ねっとわーく京都』２００８年９月号に、「泥沼、より深み...</summary>
    <author>
        <name>寺園敦史</name>
        
    </author>
    
        <category term="Blog" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="お知らせ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://muhajirin.com/almarid/">
        8月8日発売予定の月刊誌『ねっとわーく京都』２００８年９月号に、「泥沼、より深みへ──同和行政総点検委員会の逆走」と「日常が逆転するトリップ──シーカヤック事始め」を寄稿しました。

前者は、本ブログでもすでに何度か取り上げた、京都市同和行政総点検委員会の論議内容の批判です。

後者は、今号の「これでよいのか──立ち止まって考える人生の夏休み」と題する特集記事用に書いたエッセイです。実はこの春より、わたしはシーカヤックというマリンスポーツに熱中していまして、もう何度も和歌山の海に通っているんですね。その面白さ、魅力について短く論じたものです。

団体の機関誌は別にして、「同和」とはもちろん、京都市行政とも無関係な内容の文章を発表するなんて、なんかずいぶん久しぶりのことのような気がする。
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>桝本市政12年─同和行政の無惨な後遺症 〈同和〉という病い（６）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://muhajirin.com/almarid/2008/08/12.html" />
    <id>tag:muhajirin.com,2008:/almarid//3.28</id>

    <published>2008-08-02T01:39:47Z</published>
    <updated>2008-08-02T22:27:05Z</updated>

    <summary> 【マリード158号　2008年8月1日配信　初出:『ねっとわーく京都』2008...</summary>
    <author>
        <name>寺園敦史</name>
        
    </author>
    
        <category term="メルマガバックナンバー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="同和奨学金" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="同和補助金" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="同和選考採用/職員不祥事" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://muhajirin.com/almarid/">
        <![CDATA[
【マリード158号　2008年8月1日配信　初出:『ねっとわーく京都』2008年1月号】

<strong>市長の泣き言にだまされるな</strong>

２００７年１０月１６日、桝本頼兼京都市長の「不出馬表明会見」が市役所内で開かれた。

市長は１９９６年の初当選以降を振り返り、「政策についてはほぼ１００％近く達成できた」と誇る一方、話題が京都市職員の犯罪・不祥事問題に移ると、「うみを出し切りたいと対応してきた。市民のみなさんに心から申し訳なく思う。非常に寂しい、情けない思いをしている」と顔をこわばらせて語ったという（読売新聞２００７年１０月１７日付）。]]>
        <![CDATA[市長がいくら号令をかけてもおさまる気配のない職員による犯罪と不祥事。「非常に寂しい、情けない思いをしている」という言葉を聞かされると同情したくもなるが、ここは事実を直視しなければならない。

この１２年間、桝本市長が犯罪・不祥事問題に何らかの対処をしたといえるのは最後の１年あまりでしかない。それもきわめて不十分なものでしかない。

１９７３年度の同和選考採用制度スタート以来、市教委職員としてこれにかかわり、そこでどのような事態が進行していたのか、桝本市自身いちばん熟知していたはずである。また自身が初当選した九六年の市長選挙時、すでに同和選考採用制度は重大争点となっていた。

だがそれから１０年以上にわたって日々悪化する事態を放置し、最後（地対財特法が失効し国の特別行政が終結する２００２年３月末）まで運動団体に採用権を丸投げするという異常な制度を廃止せず、傷口を広げてきたのは桝本氏に他ならない。

市長はじめ市幹部たちは「ウミを出し尽くせ」とこの１年あまりことあるごとに叫んでいるが、もっとも体内のウミを隠し続けているのが、同和選考採用制度をはじめデタラメな同和行政に深くかかわり、今日のポストに就いている彼ら自身であることを忘れてはならない。「さびしい、情けない」と思い続けてきたものがいるとすれば、それは市長あなたではなく、まともな職場にしようとしたものの市上層部からは何の支援も得られず、孤立し、最後にはつぶされていった現場の管理職や職員ではないのか。

<strong>情報統制、説明放棄、虚言</strong>

桝本市長が事態悪化をほったらかしにしたのは同和選考採用制度にかかわることだけではない。任期切れ目前の今、この１２年間、わたし自身が目の当たりにした市長の「おもな実績」を振り返っておきたい。

社会のすう勢や市民や議会の声の結果、現在の京都市は同和行政にかかわることでも基本的には行政の持つ情報は公開するようになっている。地対財特法失効前までの対応はひどいものだった。

１９９７年、１３億円あまりかけて建設が進む改進地区（伏見区）の隣保館と福祉センターについて取材したことがある。とりあえず、どのような趣旨でどんな機能を持つ施設ができる予定なのか当時の同和対策室に問い合わせたのだが、いっさいの取材を拒否された。室長の指示だった。建設に関する公文書公開請求をしても、担当課は文書の特定を１か月近くサボり、やっとのことで開示された公文書もこちらの趣旨と違うトンチンカンなものを（おそらく意図的に）出す始末だった。

当時、どのような同和対策事業を行っているか知ろうとすること自体、困難なことだった。担当課では答えてもらえず、「教えて欲しければ情報公開請求でもしたらどうですか」と門前払いをくらうことが多かった。市の同和行政の基本的な文書、たとえば「同和問題の解決をめざす京都市総合計画（案）」や同和問題懇談会の「意見具申」すらも閲覧を拒否された。そんな環境下でよく取材を続けてこれたものだと我ながら感心してしまう。

なかでももっとも京都市の「悪意」を痛感させられたのは、本誌（『ねっとわーく京都』）ではくり返し論じてきた同和補助金不正交付の実態を組織ぐるみで隠蔽しようとしたことだ。

同和補助金（制度は２００１年度末で廃止）を使って解放同盟などが、全国各地の高級温泉旅館で宴会三昧に興じ、また、架空の学習事業をでっち上げるなどして公金を詐取してきた事実はよく知られている。だが京都市は２０００年１０月にわたしと市民ウォッチャーが起こした情報公開訴訟での敗訴が確定するまで、同和補助金に関する情報を明らかにしなかった。

その一方、裁判所や情報公開審査会、あるいは監査請求の場では、情報は公開できないが、補助金は同和問題の解決のために有意義に使われている、適正に支出されていると主張し続けていたのだ。京都市は、解放同盟などに交付した補助金の使途の実態を知らなかったわけではない。不正であることを事前に把握していただけでなく、担当部署（同和対策課や市教委）が組織を上げて加担していたのが真相だった。

同和選考採用制度同様、補助金制度についても桝本市長は市教委幹部時代から自ら不正支出の決裁をしてきており、補助金が事実上の「裏金」であることは知っていはずである。だが、情報公開請求されて以降桝本氏がとった行動は、不正の是正ではなく、隠蔽だった。

不正発覚後の対応も職員の犯罪・不祥事問題のときと同じである。自らの具体的な関与についてはいっさい口を閉ざし、もっぱら解放同盟に責任をなすりつけ、担当職員のふがいなさを嘆いただけだった。

<strong>「よくやった」村井議長からの賛辞</strong>

桝本市長の同和行政に関する「実績」でもう一つ特筆すべきことといえば、同和奨学金制度をめぐる対応であろう。

地対財特法失効を５か月後にひかえた２００１年１０月末、京都市は同和奨学金制度を、法律がなくなっても市単独で２００２年度から５年間延長すると発表した（２００１年度までは国庫補助が３分の２ついていた）。「教育の分野だけはまだ課題が残っている」というのが理由だ。

桝本市長はそれまで、いっさいの同和対策事業を２００２年３月で終結するとくり返し市会と市民に向けて明言していた。また、市会も同和行政を完全にやめるよう全会一致で決議した直後の発表であったこともあり、同年１１月に開催された市会では、共産党からはもちろん自民党からも市長の豹変ぶりに激怒する声が噴出した。最大与党の議員団長からも撤回を強く迫られたが、市長は一歩も引かず奨学金制度継続方針を押し通した。

自らの公約や市会決議を反古にしても市長に継続を決断させた要因は何だったのか。その後入手できた京都市と部落解放同盟との企画推進委員会の記録をみると、まさにその委員会の場で市の方針が転換していた。企画推進委員会とは、市と同盟との協議の場ということになっているが、実際は交渉の場である。

公開された議事録（摘録）によると、２００１年１月３０日、解放センターで企画推進委員会「教育部会」が開催されている。その場で同盟側から「奨学金がなくなれば、困る子が多いと校長から聞いている。何か手立てを考えてほしい」といった要求が出されていることがわかる。

その後この問題がどのように論議されたのか、議事録からは確認できない。だが、制度の五年間延長が発表された直後の２００１年１１月７日にもたれた企画推進委員会「教育部会」の議事録には解放同盟側のこんな発言が書き留められている。

「（奨学金制度継続の発表について）村井議長（解放同盟京都市協議会議長）からも、部会でよくやってくれた、市長、市を信頼してよかった、といってもらっている」

企画推進委員会（解放同盟との事実上の交渉）「教育部会」のなかで京都市の方針転換がなされていたのだった。そしてこの日の部会では、解放同盟からうながされて市側の出席者は、継続の方針の貫徹を市会でどれだけ反対されてもやり抜きますと、くり返し決意表明させられている。

京都市の同和行政の方針が決められるのは、市長の意思や担当部署や市会での論議でもなく、解放同盟との交渉の場であったのだ。

<strong>公共施設の占有者</strong>

長年にわたって続いた不正常な同和行政の結果生じた弊害＝後遺症は、表向きの同和事業が終結したからといって、自然に解消することはない。

２００７年１０月、村山祥栄市議（無所属）が「同和事業完全終結に向けた要望書」を市長に提出した。同和地区施設の運営の実態、問題点などを詳細な現地調査により得たデータをもとに指摘、コミュニティセンターの廃止など、いろんな形で残存する特別行政の終結を求めている。

村山議員の調査内容は多岐にわたり、現状を知る上で貴重な情報を提供してくれる。ここでは「後遺症」の事例として、ひそかに設置されていたボクシングリングについて紹介しておきたい。

同和地区内には多種多様な公共施設がつくられているが、ボクシングリングまであることは、わたしも村山議員の「要望書」を読むまで知らなかった。そのリングは三条コミュニティセンター２階のサークルルームにある。ロープ、柱がしっかり固定されスパーリングができるような立派なものだ。天井からはサンドバッグがつるされ、各種トレーニングマシーンなども完備、ヘッドギア、グローブ、シューズなどが保管できる棚などもある。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="ring.jpg" src="http://muhajirin.com/almarid/photos/ring.jpg" width="320" height="240" class="mt-image-none" style="" /></span>
<strong><small>利用団体により無許可で設置されたボクシングリング</small></strong>

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="gear.jpg" src="http://muhajirin.com/almarid/photos/gear.jpg" width="320" height="240" class="mt-image-none" style="" /></span>
<strong><small>ヘッドギアやシューズの整理棚も常置</small></strong>

ボクシングリングまで同和事業で用意しなければならないのか大いに疑問だが、より問題なのはコミセン内にこの施設があることはいっさい広報されていないことだ。コミュニティセンター職員の説明によると、週２、３回、地元の異種格闘技系の空手サークルが使用するのみだという。つまり特定団体専用のリングとして供されているわけだ。

職員の説明を聞いて驚かされたのは、リングがつくられたのは５年ほど前で、空手サークルが勝手に施設の形状を変えてしまったということだ。リングなど設置のために室内を改造する際、定められた手続きをすることなかった。

今後はボクシングができる施設があることを宣伝していきたいとコミセンでは言っているが、このような施設が民間サークルによって勝手につくられ、そのサークルによって独占使用されている現状について、だれも疑問を抱かなかったこと自体、重視する必要があろう。

ボクシングリング見学の帰り、三条地区でもう一つ、目を疑うような光景に出くわした。住宅内の駐車場にモーターボートが駐められているのである。車以外のものを駐めることはもちろん認められていない。ボートが置かれているのはかなり以前かららしく、わたしがびっくりしてコミセンに引き返してそのことを告げても、職員は平然と応対するばかりだ。

<strong><small>艇庫と化した駐車場</small></strong>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="boat.jpg" src="http://muhajirin.com/almarid/photos/boat.jpg" width="320" height="240" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span>
１週間後現地を確認したが、ボートは堂々と置かれたままだった。コミセンも住宅室住まいまちづくり課も何らかの対処をするそぶりさえ見せなかった。

これだけ市民の同和行政に対する批判が高まっても、現場には大して影響していないということだ。

<div style="text-align: right;"><small><a href="http://muhajirin.com/almarid/yamai.html">〈同和〉という病い・目次へ</a></small></div>
]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>風向き少し変わった...か</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://muhajirin.com/almarid/2008/07/post-15.html" />
    <id>tag:muhajirin.com,2008:/almarid//3.27</id>

    <published>2008-07-30T14:27:04Z</published>
    <updated>2008-07-30T14:34:47Z</updated>

    <summary>「自立促進援助金制度の見直しに係る法的課題整理等研究会」第３回会合が７月３０日夕...</summary>
    <author>
        <name>寺園敦史</name>
        
    </author>
    
        <category term="Blog" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="取材メモ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://muhajirin.com/almarid/">
        <![CDATA[「自立促進援助金制度の見直しに係る法的課題整理等研究会」第３回会合が７月３０日夕方、京都市内のホテルで開催されました。この研究会は、京都市同和行政総点検委員会の専門部会というべきもので、その名の通り、自立促進援助金制度の見直しについて、集中的に協議する場です。研究会メンバーは、総点検委員会委員の新川達郎・同志社大学教授、中坊公平・元日弁連会長、安保千秋・弁護士の３人。

７月１４日付けの本ブログ・<a href="http://muhajirin.com/almarid/2008/07/post-12.html">行政救済が帰着点か</a>で、もうこんな総点検委員会に何も期待できない、こちらはまた新たな住民訴訟を準備するだけだというようなことを書きましたが、この日の研究会では、ほんのちょっと風向きが変わった。

今月２３日の総点検委員会第４回会合までは、２０００年度以前に同和奨学金の返済がはじまった借り受け者については、京都市はその債権を放棄する方向性で論議されていました。ところが今日の研究会では、中坊氏が、全員に対して市は返還を求めるべきであると主張し出したのです。

（債権放棄は）市の誤った自立促進援助金の運用によって生じた損害を市民に負担させることになる。それはおかしい。市は自らのミスを重く受け止め、難しいことではあるが全員から返還を求めるようすべきである、と主張したのです。

一方、新設される免除制度の基準は、国の同和奨学金免除基準（生活保護世帯の１・５倍以内の収入）をベースにしながらも、これまでの経過を鑑みた多様な免除基準を定めるべきだと付け加えました。

これに対して、安保氏が、確定判決で違法性が認定された２００１年度以降の新規返済者に限って返還を求めるべきだ（つまりこれまで総点検委員会の議論に沿った意見）、と異論を唱えました。研究会としてはこの２つの意見が出たということで次回の総点検委員会に報告することになりました。

中坊案が委員会で承認される可能性は、あの無定見委員らの顔ぶれを思い浮かべると難しいような気がします。中坊氏も持論に固執するつもりはないと発言し、どこまで本気か判然としないところもある（しっかりしてくれ）。また、中坊氏のいう多様な免除基準を新規に導入するとなると、これまた新たな混乱を生む可能性もあり、問題は大きいとも言えます。

しかし、行政自らが法律や制度の趣旨を踏みにじって長期にわたって運用し続けてきた自立促進援助金制度の問題点とそれを生んだ責任をはっきりさせるためには、中坊氏のいう、借り受け者全員に対する返還請求を、市が行うということは、最低限守らなければならない基本ラインだと、わたしは思います。何とか中坊さんの奮起を期待したいものです。

それと、自由同和会もこの線で、後押しをしろと言いたいですね。なにしろ運動団体の中で唯一、「返済能力のあるものには返済させるべきだ」と正論をはいている団体なんですから。

次回総点検委員会は（本来の予定通りなら）８月６日開催です。]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>早くも頭もたげる「うやむや」体質 〈同和〉という病い（５）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://muhajirin.com/almarid/2008/07/post-14.html" />
    <id>tag:muhajirin.com,2008:/almarid//3.25</id>

    <published>2008-07-26T06:32:00Z</published>
    <updated>2008-07-26T06:49:18Z</updated>

    <summary>【マリード157号　2008年7月25日　初出:『ねっとわーく京都』2007年7...</summary>
    <author>
        <name>寺園敦史</name>
        
    </author>
    
        <category term="メルマガバックナンバー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="同和選考採用/職員不祥事" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://muhajirin.com/almarid/">
        【マリード157号　2008年7月25日　初出:『ねっとわーく京都』2007年7月号】市職員の犯罪・不祥事で迷走を続けた２００６年度の京都市だったが、いまだその泥沼から抜け出すことができないでいる。４月２６日に開かれた「信頼回復と再生のための抜本改革大綱」推進本部会議で、桝本頼兼市長は、これまでの断固とした指導の結果、「京都市の問題職員はゼロになった」と成果をたたえた一方、「事なかれ主義を一掃し、ウミを出し切ったと言える状態ではない」ことも指摘した。
        <![CDATA[その実証例の一つが、４月（２００７年）に入って新聞報道で明らかになった環境局山科まち美化事務所職員による介護・育児休暇の集団不正取得事件であろう。マスコミ報道は単発ニュース扱いでしかなかったが、事件の背景を調べていくと、「ウミを出し切ったと言える状態」どころか、逆に、組織をあげてウミを隠蔽しようとする、相も変わらぬ京都市の姿が浮かび上がってきた。

<strong>子どもいないのに育児休暇
高齢者いないのに介護休暇</strong>

京都市職員の年次有給休暇（年休）は２０日。年休は１日か半日単位でしか取得できない。つまり所用で一時間程度早く帰宅しなければならないときでも、半日（４時間）休まなくてはいけないしくみだ。

ただし、２００３年度より「時間休」制度が導入され、就学前の子どもか日常的に介護を必要とする家族がいれば、育児や介護を理由に一時間単位で定期的に年休を取得できるようになった。時間休８時間取得で年休１日分消化したと換算される。小さな子どもやお年寄りを抱える職員にとっては、ありがたい制度だと言えよう。

時間休を取得するには、原則として医師の証明書などを添えて事前に申請する必要があるが、家族に小学生以下の子ども、６５歳以上の親がいれば、その看護などの理由で、年５日＝４０時間まで時間休が認められる「特例」規定がある（２００７年度より年７日＝５６時間に改正）。この場合、申請は口頭だけでよく、事後も証明書等を提出する義務はない。

山科まち美化事務所では、この「特例」規定が悪用されていた。家族に対象となる子どもや親がいないのにもかかわらず、恒常的に時間休を取得する職員が大挙いたことが判明したのだ。京都市は２００７年３月２９日付けで、不正取得していた１１人（男性９人、女性２人）を厳重注意処分に、事務所所長ら管理職７人を管理監督責任が不十分だったとして文書訓戒処分とした。同時に不正取得していた時間休１回につき年休半日分を消化したと換算して処理し、これにより規定の年休日数を超えた職員３人については、給料減額とした。

同事務所職員１２６人中６５人が２００６年度だけで時間休を計６８８時間取得、不正取得と認定された１１人の合計は１２１時間で、上限となる４０時間まで不正取得していた職員もいた。

<strong>隠蔽しようとしたのか</strong>

ここで大きな疑問がわく。口頭による申請だけで認められることを悪用し、くり返し年休を不正取得しておきながら、なぜ停職や戒告などの懲戒処分ではなく、「厳重注意」というもっとも軽い譴責（けんせき）処分ですませたのか。

山科まち美化事務所職員の処分が行われた同じ日、環境局クリーンセンター所属の職員が減給半日の懲戒処分を受けている。総務局人事課の広報資料によると、この職員は年休をすべて消化していたのにまだ残っていると「誤信して」勤務を休み、「結果として事故欠勤となった」というのが処分の理由だ。

制度を悪用して年休を不正に取得し続けた職員と、年休がまだあると思い込んで休んでしまった職員とでは、どちらが悪質か。

「厳罰主義」だけで現在の京都市が抱えている問題が是正されるとは思わないが、公平さを欠く処分だと感じざるを得ない。年度末にまた大量の懲戒処分者を出すことによって市当局がこうむるダメージを回避するために、うやむやに処理してしまおうという意図がはたらいているのではないか。

山科まち美化事務所の時間休集団不正取得事件は、市長自身、冒頭でふれた「信頼回復と再生のための抜本改革大綱」推進本部会議で「公務員としての認識が不十分な職員も残っている」ことの事例として引き合いに出すほど重要視されているが、事件の存在自体、京都市は京都新聞が独自取材で報道するまでは、いっさい公表しなかった。このことを見ても京都市の隠蔽の意思を感じる。

懲戒処分としなかった理由について、京都市はこう説明している。

「時間休制度の趣旨が職員に周知されていなかった。実際のところ、介護や育児を理由にしなくてもとれるものだという認識が職場内に浸透していた。よって不正をした職員よりも上司への処分を重くした」（総務局監察室）といい、

「所属長の話では制度の要件は説明していたとのことだが、それが職員側には理解されいなかった。職員も管理職も不正が行われているという認識はなく、懲戒の対象としなかった」（環境局環境総務課）ということだ。

「犯意」がなかったことを強調している。

<strong>「早帰り」対策に使われていた？</strong>

山科まち美化事務所の複数の職員から話を聞いた。時間休不正取得状況は、当局側の説明とはかなり食い違う。

職員の話を総合すると、次のような実態だった。時間休を利用していた職員のうち半分程度は子どもや親の看護のための制度だとは理解していなかった。不正行為を認識していた職員も所定の年休の範囲内で休んでいるということで罪悪感も弱かったという。これは当局側の説明と一致する。

だが、新たな問題点も指摘する。まち美化事務所でのいわゆる「早帰り」問題が取り沙汰されるようになったことを受け、所長らは早帰りをやめさせるのではなく、一部の職員に対しては時間休を取得させることで不正常な状況を取り繕うとした面があったという。

また、所長らが不正に取得されている事実に気がつかなかったことはあり得ない話だともいう。一人暮らしをしていることがはっきりしている職員に対しても無理矢理認めさせられたケースもある。こんな運用でいいのかということが職場内で話題になることもあったというのが実際のところだ。所長らは何も手を打とうとしなかった。つまり、所長をはじめ職場のかなりの部分が不正であることを認識しながら、見て見ぬふりをしてきたというのである。

今回管理監督責任を問われ文書訓戒処分を受けた管理職の一人にも一応、事情を聞いてみた。

「指導、説明不足だったことは認めるし、反省もしている。しかし時間休が不正に取得されていたとは思っていなかった。職員との信頼関係でやってきたつもりだ」

と不正を認めてきたことを否定している。


<strong>事なかれ主義いまだ蔓延す</strong>

ところで、同まち美化事務所のある職員は、こうも指摘している。

「責任は現場の所長や職員だけにあるのか。局としてもこんな運用の実態を半ば察知していながら黙認してきたのではないのか」

まち美化事務所から環境局環境総務課に対して、職員の勤務状況、年休承認状況などは毎月報告されるが、育児・介護のための時間休取得状況も当然報告されているからだ。

<a href="http://muhajirin.com/almarid/documents/jikankyu.pdf" target="_blank">別表（京都市人事部給与課作成資料）</a>の通り、市内１１か所あるまち美化事務所の中で、時間休を承認しているところはほぼ山科だけだったといってよい。同事務所の時間休取得に疑義があるとし、環境局が調査しはじめたのは今年になってからだ。当然もっと早く気づいていたのではないか。 

「事務量が多く、異常に気づくのが遅れたが、局として不正を黙認していた事実はない」（環境総務課）

環境総務課の説明によると、山科まち美化事務所での時間休不正取得は２００６年末まで続いたという。環境総務課や事務所長らがいつから問題を認識していたかはともかくとしても、毎日のように京都市職員の犯罪、不正、異常な勤務実態などに対し、市民から批判を浴び続けながらも、年度末まで是正できなかったこと、そして実態をマスコミに握られるまで自ら公表しなかったこと自体、市長が嘆くとおり、市には依然として「事なかれ主義」がいまだ蔓延していると感じざるを得ない。

<div style="text-align: right;"><a href="http://muhajirin.com/almarid/yamai.html">「〈同和〉という病い」目次</a></div>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>奪われた人事権と売買された採用枠（下） 〈同和〉という病い（４）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://muhajirin.com/almarid/2008/07/post.html" />
    <id>tag:muhajirin.com,2008:/almarid//3.3</id>

    <published>2008-07-19T13:10:45Z</published>
    <updated>2008-07-20T18:00:06Z</updated>

    <summary>【マリード156号　2008年7月18日配信　初出：『ねっとわーく京都』2006...</summary>
    <author>
        <name>寺園敦史</name>
        
    </author>
    
        <category term="メルマガバックナンバー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="同和選考採用/職員不祥事" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://muhajirin.com/almarid/">
        <![CDATA[【マリード156号　2008年7月18日配信　初出：『ねっとわーく京都』2006年12月号】

<strong>「こんなやつを公務員にするのか」</strong>

京都市が運動団体に人事権を委譲したことによって、どんな状況が生まれてしまったか、二、三事例を紹介しておきたい。

人事権を掌握した運動側は、いったいどのような人物を市職員として送り込んできたのか。労働意欲や公務員としての適性などが重視されていたわけではなかった。今日同様、同和選考採用者の不祥事──婦女暴行、覚せい剤所持、恐喝、詐欺、発砲事件などが続発していた１９９６年当時、部落解放同盟京都市協議会事務局長は、わたしの取材にこう答えている。]]>
        <![CDATA[「この間の不祥事は推薦の基準にズレがあったことは認める。選考採用は地区住民の生活安定と就業の促進の一環としてやってきた。しかし現実には組織拡大に使ってきたことは事実だ。公務員としてふさわしいかどうかという論議よりも、運動にどれだけ参加してきたかということを基準にしてきた」（拙著『だれも書かなかった「部落」』かもがわ出版）

こんな基準で推薦者が決められ、京都市はそれを例外なく採用していけば、公務員として到底ふさわしくない何人もの人物が職場にもぐり込んでくるのは、当然の帰結だろう。

だが、この程度におさまっているのならまだよい。同和選考採用制度が腐敗の度を深めていくのは、運動団体が人事権を握ったことにともない、推薦を得るために団体幹部に金品が渡される事態が生まれたことによってだ。このことについては、本誌（『ねっとわーく京都』）２００６年１０月号の「緊急大型座談会」で「私は某地区で市の現業職に就いた人が運動団体に１５０万円積んだ領収書を手にしている」とリアルに証言しているし、わたし自身これまで何度も指摘してきた。

最近取材した運動団体関係者も次のように断言する。

「幹部の身内は別としてそれ以外の人が推薦される場合、金を積まんといかん場合が多かった。選考採用末期の相場は１００〜３００万といったところだったか。そんななかにはこんなやつを公務員にしてほんまに大丈夫なんかと、こちらが頭を抱えてしまいたくなるような人物もおった。金払って就職したのに何で真面目に働かんとあかんのやと言わんばかりのやつもいたな」

また、こんな事実も指摘する。

「金を積むのは採用のときだけではなかったね。特別指定職試験（現業職員が行政職に転任するための試験。現在は廃止）のときも、幹部に金品を渡すことがめずらしくなかった」


<strong>当初より売買されていた「採用枠」</strong>

採用をめぐる金品の授受はいつ頃からはじまったのか。同和選考採用自体、すでに１９６０年代には地区住民の雇用対策として行われていたが、京都市の説明によると、公式な制度として実施しはじめたのは１９７３年からだという。しかし制度化された当初より、金品の授受は常態化していたようである。このことは解放同盟の内部文書に明確に記されている。

１９６５年、部落解放同盟京都府連は、朝田善之助委員長のグループ（朝田府連）と、朝田氏の路線を部落排外主義だと批判する三木一平氏らを中心とするグループ（三木府連。後に全解連を結成）とに分裂するが、解放同盟京都府連（朝田府連）は１９７０年代にも再分裂している。

７２年から７４年にかけて、長く府連トップに君臨する朝田氏の路線を「右翼融和主義」「運動の私物化」などと批判するグループ（中心は駒井昭雄氏）が反旗を翻した。最終的には同盟中央本部の意向を受け、駒井氏らの反朝田グループが府連の実権を奪取することになるのだが、分裂の主要な原因の一つが、京都市の同和選考採用の推薦枠をめぐる対立だった。

駒井派は、朝田氏が「自分の一存で気に入ったものだけを市当局に推薦」「反対に、気に入らないものははじめから朝田氏の判断で採用しないよう行政に働きかけ」ている実態を批判（『解放新聞京都版』１９７８年９月１５日）、これに対し朝田氏は、「（駒井派の動きは）自分たちが自分たちのしんせき・縁者らを中心にあつめた履歴書にもとづく、採用を実現するため、ドウカツとヤユをもっておこなっている行動」に過ぎないなどと反論した（『解放新聞京都版』（朝田派）１９７３年８月６日）。

駒井派は１９７２年８月「雇用促進委員会」なる組織を結成、朝田派との全面対決に突入するが、この委員会が作成した「雇用促進要求闘争要綱」には、当時の選考採用の実態があけすけに語られている。

「議員、部落ボスの間で、雇用人員の割り当ての奪い合いがおこなわれたり、さらには、職員の昇格までも、行政と議員、部落ボスの政治的取引によっておこなわれている。／その結果、部落大衆は、議員、部落ボスに金銭、物品を贈って、就職、身分の昇格を頼むという、まったく不正常な競争が生まれている」

またこんな驚くべき実態も記されている。

「（選考採用は）部落民としての自覚を高める行政効果とは逆に、ダミンをつくり、ヒロポン中毒、アルコール中毒者等がチェックできなかったり、雇用後の適正なる生活指導ができていないため、職場において、種々の問題をかもしだしている。このことが、差別を拡大、助長、再生産しているのである」

まん延していたのは金品の授受だけでなく、なんと、採用された職員の不祥事もすでにこの時期、表面化していたのである。


<strong>同和選考採用とは何だったのか</strong>

同和選考採用への弊害を指摘する声がある一方、地区住民の生活安定に果たしたこの制度の意義を強調する声は、今もよく耳にする。わたしも同和選考採用を全否定するものではないが、期待された効果があったのは、制度開始時期のごくごく限定されたケースに過ぎなかったのではないか。

１９７３年から２００１年度まで同和選考採用で採用された職員は約６０００人を超える。全員が公務員の「身分」を金で手に入れたわけではなかろうが、たとえばその半分の３０００人が一人１００万円を積んだと仮定しても、採用をめぐって３０億円もの金が飛びかった計算になる。これだけの金が動けば、行政機構や制度だけでなく、採用枠拡大を要求する運動自体が、大きく歪んでしまったのもまた必然と言える。

前出の運動団体関係者はこう指摘するが、まったく同感だ。

「選考採用は部落問題の解決という点でも弊害が多かった。地区有業者の３０〜４０％が市職員という現実をうんだが、その過程で一部の子どもや若い人の意欲を奪ったと言える。本来なら高校や大学を卒業していろんな進路の選択が可能だった人も少なくなかったと思うが、それが選考採用によって勉強しなくても、努力しなくても公務員になれるという状況を前に、生きる意欲を削いでしまった。このことは行政も運動団体も重く受け止める必要がある」（この項終わり）

<div style="text-align: right;">>><a href="http://muhajirin.com/almarid/yamai.html">「〈同和〉という病い」全体の構成</a></div>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>頭に来るぞ、お気楽発言</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://muhajirin.com/almarid/2008/07/post-13.html" />
    <id>tag:muhajirin.com,2008:/almarid//3.24</id>

    <published>2008-07-14T16:30:41Z</published>
    <updated>2008-07-20T16:31:57Z</updated>

    <summary>京都新聞が2008年7月13日付けで、京都市自立促進援助金について詳しい記事を載...</summary>
    <author>
        <name>寺園敦史</name>
        
    </author>
    
        <category term="Blog" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="取材メモ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://muhajirin.com/almarid/">
        <![CDATA[京都新聞が2008年7月13日付けで、<a href="http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2008071300029&genre=A2&area=K00" target="_blank">京都市自立促進援助金について詳しい記事</a>を載せています。制度の内容と現在どんな矛盾に直面しているのかが、よくわかる記事だと思います。

一方記事中、気になる点、頭に来る点があるので、簡単に記録しておきます。]]>
        <![CDATA[１点目。自立促進援助金制度は、国の同和奨学金が給付制から貸与制に変わることになった１９８３年に創設されました。同援助金でもって「返済が困難と認められる」借り受け者の返済を、市が全額肩代わりすることをうたった制度です。

記事ではこの制度についてこう書いています。これは「返済を求めない約束で始まった制度」であると。

運用実態はそれに間違いはないのですが、制度の説明としては基本的な点で、認識に大きな間違いがあります。自立促進援助金は制度上はあくまでも「返済が困難と認められる」対象者にたいして適用されるものであり、要綱あるいは他の関連する規則や条例のどこにも、「返済を求めない約束で始まった制度」などという規定はないのです。

つまり、同和奨学金は将来返還する義務があることを前提とした制度であり、自立促進援助金もその前提を踏まえた制度なんですね。ところが京都市は、これら法的な規定を自ら無視して、借り受け者全員をなんの審査をすることもなく「返済が困難と認められる」と決めつけ、一方借り受け者に対しては「返済しなくていい奨学金だ」という虚偽の説明をし続けてきたわけです。本来の制度の趣旨、規定から逸脱した運用を続けてきたこの点が、今大きな問題となっているわけです。

そしてこれは重要なことですが、同和奨学金が貸与制に切り替わることになったとき、当初京都市は国の方針に従い貸与制で押し通そうとしていました。ところが、その後解放同盟の猛烈な攻撃に見舞われ、貸与制の方針を断念し、上記のような「自立促進援助金」なるものを生み出したわけです。

２点目。記事では各関係団体、関係者のコメントが紹介されています。これがひどい。以下引用。

<blockquote>見直しについて、運動団体の部落解放同盟京都市協議会は「返還請求の通知書送付などが、新たな差別を誘発する恐れもある」とし、制度を廃止した上で援助金受給者の返済免除を求める。京都地域人権運動連合会も「受給者に責任はない」と個人返済でなく市が責任を取るべきとの立場だ。一方、自由同和会京都府本部は、原則として、能力がある人は返済する方向を探るべきとしている。（略）市幹部は「今さら返せとは言いづらい。裁判で負ける恐れもある。人権問題に広がればどう責任を取るのか」と不安を口にする。</blockquote>

うんざりさせられますね。とくに解放同盟は「新たな差別を誘発する恐れもある」といつもながらの粗雑な論を展開しています（行政側も同じことを言っている）。

日本全国大半の自治体においては、毎年同和奨学金借り受け者に請求書を送っているはずです。なんで京都市だけ請求書を送ったら「新たな差別」だの「人権問題」だのが誘発され、広がってしまうと考えるのか。

いやそんなこと以前に、そもそも同和奨学金を貸し付ける際、京都市は地区外に引っ越した元住民の所在地を探し出して、「あなたのお子さんは部落民なので、奨学金を受ける資格があります」と家庭訪問したり、一方的に文書を送りつけてきたではないか。また、毎月々の奨学金貸与のとき、数年前までは各地区の隣保館（現コミュニティセンター）に金を受け取りに来させていたではないか。取りに来ない生徒・学生には隣保館職員が電話や手紙で取りに来るよう催促してきたはずだ。

金を貸すときはこのようなことをしておいて、なぜ返すときにだけ、「新たな差別」「人権問題」の発生を気に病むのかさっぱりわからない。

「差別事件が起こったらどう責任を取るのか！」というのは、今も行政を萎縮させる有効なフレーズなのかもしれません。「差別」をネタに自分たちの不利な事態に陥ることを回避しようとしているように、わたしには思えます。

要するに、解放同盟も、それに人権連も、今日の惨状を招いた自分たちの責任について何も認識していないとしか思えません。自立促進援助金創設の経過を考えると、とてもこんなお気楽なコメントが許される立場ではないと思うのですが、全部京都市のせいのようなことを言っている。京都市が今これだけ困っているのだから、自分もその罪の何分の一かでもかぶろうというそぶりくらい見せてもいいはずだと思うんですがね。いやはや人の世とは冷たいものです。

その点、唯一自由同和会だけ、いいこと言っているではありませんか。この方向でがんがん京都市を追及してもらいたいものです。]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>行政救済が帰着点か</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://muhajirin.com/almarid/2008/07/post-12.html" />
    <id>tag:muhajirin.com,2008:/almarid//3.23</id>

    <published>2008-07-13T16:29:24Z</published>
    <updated>2008-07-20T16:30:26Z</updated>

    <summary>当サイトが不調となってしまったこともあり、書くタイミングを逸してしまいました。京...</summary>
    <author>
        <name>寺園敦史</name>
        
    </author>
    
        <category term="Blog" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="取材メモ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://muhajirin.com/almarid/">
        当サイトが不調となってしまったこともあり、書くタイミングを逸してしまいました。京都市同和行政総点検委員会の話です。

委員会の議論の行方が、どうも怪しくなってきました。ひと言で言えば、これまでのその場しのぎの無責任行政を「救済」する方向に舵を切ったという感じですかね。
        総点検委員会の同和奨学金肩代わり返済問題を集中的に協議する「自立促進援助金制度の見直しに係る法的課題整理等研究会」が７月８日、市消防局会議室で開かれました。研究会のメンバーは新川達郎・同志社大学大学院総合政策科学研究科長、中坊公平・元日本弁護士連合会会長、安保千秋・弁護士の３氏。

この日の議論の結果、研究会がまとめた、次回総点検委員会（７月下旬開催予定）に報告する項目は次の３点です。

１　自立促進援助金制度は廃止する。

事務局（京都市）から改革案が提出されましたが、制度自体の存続を前提としたもので、裁判所でくり返し違法と判断された制度を継続することは、たとえ手直ししたとしても、問題をこの先も抱え込むことになりかねない、と明確に批判したのです。

２　そのかわり、返済を免除する新たな制度を創設する。

これまで同和奨学金を借りてきた人たちは、借り受け時、京都市から「この奨学金は返さなくてもよい金だ」という説明を受けてきたわけで、それを今から「返せ」ということはできない、というのが理由です。

こういう事情に配慮して、過去の借り受け者の返済については一律に免除する。ただし、裁判所が違法と認定した２００１年度、もしくは２００２年度以降に返済がはじまった借り受け者に限定して、新たに定める免除基準により請求するかどうか審査する、ということです。要するに、この際、大半の借り受け者の返済を免除してしまおうということです。

３　新設する免除制度の所得基準については今後の検討課題とする。

現在、国奨学金（国庫補助３分の２）を受けた人に対しては、生活保護世帯の１・５倍以内の所得の場合、５年間返済が免除される制度があります（国が定めた免除基準）。市奨学金（京都市が全額負担）の借り受け者にもこの基準をあらたに適用する制度を作るか、またはまったく別の基準を作るか、結論は先送りとなりました。

以上が研究会の結論です。

１点目の制度廃止については、諸手を挙げて賛成したいところですね。はじめに、中坊公平さんから「制度は廃止しかない」という発言が飛び出したとき、駆け寄って握手したくなったくらいです。

しかし、すぐその後、免除制度を作らないといけないだの、過去に借りた人にたいして今から返済を請求するのは気の毒だなどという議論に入ってしまい、ガックリ。

要するに研究会の総意は、司法で違法と判断された部分についてのみ、なんとか制度を手直ししようということなのです。違法判決はすでに確定しているのですから、少なくともこの判決内容よりゆるい改革案などはじめからあり得ないわけで、研究会の３人は、判決以上に突っ込んで、いまの惨状を招いた行政の抱えている問題点の追及や、より厳しい制度改革はしないと宣言したといっていいでしょう。

京都市にとってこれは、願ってもない案が浮上したといっていいかもしれません。過去に自分たちがやってきたデタラメ行政の責任を問われなくてすむ上、毎年、市が自立促進援助金で２０年間にわたって肩代わりしていた行為をなくして、一挙に、しかも一律に免除しようというのですから。

判決で拘束される範囲内でのことなら、別に総点検委員会・研究会などに諮らなくても、できることではないですか。司法では踏み込めなかった、京都市が今も抱える問題点を明確にし、抜本的な解決策を提示することが、この人たちの仕事だったのではないですか。

でもどうなんでしょう。実態はともかく、建前では同和奨学金を受けた人は返済してもらうことになっている現状から、返済を免除するという制度を、この期に及んでつくることが妥当なことなのでしょうか。特別法が失効して６年以上たつ今になって、また新たに同和特別扱い制度創設ということですから、驚きです。

そして、新制度によって莫大な免除金が発生するわけです。これは明らかに、行政の虚偽の説明を原因とする市に与えた損害ということですから、われわれはまた新たに裁判を起こさなければならないということですかね。

自立促進援助金問題では、抜本的な解決策はひとつしかないと思います。

すなわち、自立促進援助金制度を廃止し、また新たに免除制度など創設することなく、法律、条例に定められたとおり、国の減免基準に合致する人をのぞき、全員に同和奨学金の返済を請求することです。

もちろん、部落解放同盟からの強力な要請があったとはいえ、行政は長期にわたって「返済しなくてもいい奨学金だ」と借り受け者に、虚偽の説明をして貸し続けてきたわけですから、これは簡単なことではありません。わたしだったら、きっと返済に応じないだろうな。

しかし、これまで自分たちが、その場しのぎで借り受け者をだまくらかしてきたことを率直に詫び、丁寧に、何年かかっても理解を求めていく以外ないのではないでしょうか。それが市民の税金を、批判にいっさい耳を貸すことなく、無責任にも使い続けてきた行政が果たすべき、最低限の責任だと思うのです。

そして、行政にたいしてだまくらかして貸しつづけることを要求し、またはそれを是認してきた運動団体もまた、行政職員に同行して、各借り受け者宅に足を運び、自らの行いを土下座くらいはして詫びるべきでしょう。

巨額の滞納が発生する可能性が考えられますが、これこそ、京都市の異常な同和行政と解放運動が生んだ「負のモニュメント」として、教訓を長く語り継ぐしかないではありませんか。
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2007年以前のバックナンバーについて</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://muhajirin.com/almarid/2008/07/2007-1.html" />
    <id>tag:muhajirin.com,2008:/almarid//3.22</id>

    <published>2008-07-13T16:28:24Z</published>
    <updated>2008-07-20T16:29:04Z</updated>

    <summary>すでにお知らせしたとおり、わたしの不注意で、このホームページのデータをすべて壊し...</summary>
    <author>
        <name>寺園敦史</name>
        
    </author>
    
        <category term="Blog" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="お知らせ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://muhajirin.com/almarid/">
        <![CDATA[すでにお知らせしたとおり、わたしの不注意で、このホームページのデータをすべて壊してしまいました。

このサイトは、MovableTypeというソフトを利用して作成しています。普通ソフトといえば、コンピューターのハードディスクにインストールするものですが、このソフトはサーバーにインストールするというちょっと特殊なものです。

よせばいいのに、きまぐれに、MovableTypeの最新バージョンに更新しようとしたのが失敗でした。一応バックアップを取った上で、マニュアルを見ながら慎重にバージョンアップしたつもりだったのですが、なぜかうまくいかず、それなら、「めんどくさいので元のやつにに戻そう」と思って引き返そうとしたのですが、これまたうまくいかず。

それであわてて、データをあれこれいじくっているうちに、自分でも何が何だかわからなくなり、前にも後にも進めなくなってしまったというわけです。

現在このホームページにはマリード既刊号のうち147号（2007年12月31日配信）から現在までの号を収録しています。146号（2007年12月14日）以前についても、掲載できればいいのですが、作業量が膨大で（しかも退屈で）、とても果たせそうにありません。

2007年以前の既刊号、及び関連資料などについては、今後も旧サイトをご利用ください。
旧サイト（マリード［同和行政オブザーバー］／寺園敦史ホームページ）
<a href="http://www15.ocn.ne.jp/~almarid/" target="_blank">http://www15.ocn.ne.jp/~almarid/ </a>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008年からのバックナンバー追加</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://muhajirin.com/almarid/2008/07/2008.html" />
    <id>tag:muhajirin.com,2008:/almarid//3.21</id>

    <published>2008-07-12T16:27:26Z</published>
    <updated>2008-07-20T16:28:10Z</updated>

    <summary>マリード147号〜152号までを掲載しました。「バックナンバー」をクリックすると...</summary>
    <author>
        <name>寺園敦史</name>
        
    </author>
    
        <category term="Blog" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="お知らせ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://muhajirin.com/almarid/">
        <![CDATA[マリード147号〜152号までを掲載しました。「<a href="http://muhajirin.com/almarid/cat1/">バックナンバー</a>」をクリックすると、既刊号を時系列（新しいもの順）でごらんいただけます。]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>ごく一部復旧</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://muhajirin.com/almarid/2008/07/post-11.html" />
    <id>tag:muhajirin.com,2008:/almarid//3.20</id>

    <published>2008-07-12T16:26:23Z</published>
    <updated>2008-07-20T16:27:09Z</updated>

    <summary>崩壊した当ホームページですが、とりあえず今月配信分のメルマガ（１５３〜１５５号）...</summary>
    <author>
        <name>寺園敦史</name>
        
    </author>
    
        <category term="Blog" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="お知らせ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://muhajirin.com/almarid/">
        崩壊した当ホームページですが、とりあえず今月配信分のメルマガ（１５３〜１５５号）だけ掲載しました。

併せてホームページの全体の構成を少し変更しました。
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>奪われた人事権と売買された採用枠（上） 〈同和〉という病い（３）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://muhajirin.com/almarid/2008/07/post-10.html" />
    <id>tag:muhajirin.com,2008:/almarid//3.19</id>

    <published>2008-07-12T16:24:54Z</published>
    <updated>2008-07-20T18:02:06Z</updated>

    <summary>【マリード155号　2008年7月11日配信　初出：『ねっとわーく京都』2006...</summary>
    <author>
        <name>寺園敦史</name>
        
    </author>
    
        <category term="メルマガバックナンバー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="同和選考採用/職員不祥事" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://muhajirin.com/almarid/">
        【マリード155号　2008年7月11日配信　初出：『ねっとわーく京都』2006年12月号】京都市職員の不祥事に歯止めがかからない。底なしだ。２００６年度だけで１３人、１０月だけでも３人の職員が逮捕されている（２００６年１０月２３日現在）。

保育所作業員が無免許運転と覚せい剤使用容疑で逮捕されたのを受け、１０月２０日に緊急に開催された京都市会「市民の信頼回復と服務規律に関する調査特別委員会」の冒頭、北川明委員長（自民党）は、出席した市理事者に向かってこう怒りをぶちまけた。
        <![CDATA[「続発する不祥事にもう言うべきことばが見つからない。あえて言うなら、信頼回復に向けて船出したと思ったら、オールをこぐのを邪魔する者がおり、いきなり座礁してしまったようなものだ」

自民党が、今頃になって不祥事の責任をすべて当局になすりつけるのは、いささか厚かましいとは思うが、北川氏の怒りはおそらく市会全体のものだろう。

市長はじめ市幹部がくり返し陳謝し問題解決を誓っても、たいそうな「大綱」（信頼回復と再生のための抜本改革大綱）を策定しても、あるいは懲戒処分を連発し、今後も厳罰でのぞむと警告しても、はたまた議員全員が対策に頭をしぼってみても、市職員の犯罪は止むことがない。市上層部がどんなに締めつけを強めても制御できないのだ。

末端の荒廃はもはや手の施しようのない再生不能な状況に陥っているのではないか。この夏頃までは、連日報道される事件に、怒り、呆れ、嘆いていたわたしも、最近はそれ以上にうそ寒いものを感じている。


<strong>「エセ同和行為だ」「京都市に任命権はなかった」
</strong>
現段階では市の「大綱」も市会に設置された調査特別委員会も不祥事に対し効力を発揮しているとは言い難い状況だ。それでもいくつかの注目すべき資料が公開され、また、おもに共産党委員の追及により、「同和」の威光を笠に着た職員により荒廃してしまった職場の実態の断面が浮き彫りになってきている。

そのもっとも象徴的な事例が１０月２日（２００６年）の市会調査特別委員会で、加藤広太郎委員（共産党）が明るみに出した「月３日しか働かない職員」のケースだろう。

加藤氏の委員会での追及によると、この職員は都市計画局都市計画課の公用車運転手である。

加藤「おれは月に３回働いたらよいと言われ、部落解放同盟の推薦を受けて現業職員に採用されたといい、『おれのバックには解放同盟京都市協の事務局長（故人）がいる』ということをちらつかせる。他の職員もこのことを熟知しており、『運転してくれ』（働いてくれ）と言えない実態がある」

この職員の２００６年４〜８月の走行実績は次のとおりだった。４月＝３日間・２２キロ、５月＝３日間・４１キロ、６月＝５日間・１０４キロ、７月＝３日間・３５キロ、８月＝３日間・５５キロ。５か月間で運転した回数はわずかに１７日間で２４７キロ。運転時間も５か月間で２３時間足らずだ。１か月平均で７６キロ（他の運転手は平均２００〜８００キロ）、４時間４９分にしかならない。自ら放言するとおり「（同盟幹部から）月に３回働いたらよいと言われ」たことを実践しているわけである。

車を運転していない時間、この職員は何をしているのか。加藤氏が現場を調査したところ本人は不在、他の職員に居所を尋ねると「どこにいるかわからない」「どこかでぶらぶらしている」とのことだった。

職員は１９７４年に清掃局運転手として採用されて以降３２年間同様の勤務実態だったというが、２０００年１０月には「統括主任」に昇級し、現在の年収は８００円近くになるという。

しかしこの職員のケースで、より注目すべきなのは桝本市長の答弁のほうであろう。

「同和問題を背景にした異常な事態だ。『同和』といえば指導できない現実、なぜ放置されてきたのか」とたたみかける加藤氏に対し、桝本市長はこう述べた。「原因は明確である。エセ同和行為が横行し、職員がそれに対し明確に問題点を指摘することができなかったということだ。膿を出し切り、厳正、断固たる措置を取っていきたい」

さらに市長は委員会閉会後も、記者団に対し「（この職員は）同和地区出身であることを脅しの材料に使うなど、同和問題を悪用する行為があったと考えられる」とくり返した。これまでの市長の姿勢から見ると、かなり思い切った発言だろう。

この日の委員会で市長は、もう一つ一歩踏み込んだ発言をしている。まち美化事務所などの問題職員に対して、現場でまともな指導が行えず、処分もされてこなかった責任を追及する倉林明子委員（共産党）に対する次の答弁だ。

「採用時に、部落解放同盟や当時の全解連に優先雇用枠を与えた。その結果、任命権まで京都市から運動体の一部の人物に行ってしまった。そこにもっとも大きな問題があると考えている」

「同和」「差別」をネタにした職場での傍若無人な振る舞いと人事権の委譲。関係者にとっては「常識」の範疇に入る事実だが、現職市長が議会の場で明言したことは重大であろう。ここにこそ京都市を深刻な荒廃させてしまった背景を解く鍵があると思う。（この項次号に続く）

<div style="text-align: right;">>><a href="http://muhajirin.com/almarid/yamai.html">「〈同和〉という病い」全体の構成</a></div>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>サイト再構築中です。</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://muhajirin.com/almarid/2008/07/post-9.html" />
    <id>tag:muhajirin.com,2008:/almarid//3.18</id>

    <published>2008-07-06T16:23:55Z</published>
    <updated>2008-07-20T16:24:36Z</updated>

    <summary>不注意でホームページのデータがヘンなことになってしまい、表示できなくなりました。...</summary>
    <author>
        <name>寺園敦史</name>
        
    </author>
    
        <category term="Blog" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="お知らせ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://muhajirin.com/almarid/">
        <![CDATA[不注意でホームページのデータがヘンなことになってしまい、表示できなくなりました。

現在、一挙に崩壊したマリードホームページを再構築中です。復旧までかなり時間がかかりそうです。気長にお待ちください。

その間、マリード［同和行政オブザーバー］の過去記事をごらんになりたい方は、<a href="http://www15.ocn.ne.jp/~almarid/">旧サイト</a>でどうぞ（2008年以降の記事は不掲載ですが）。]]>
        
    </content>
</entry>

</feed>
