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行政救済が帰着点か

当サイトが不調となってしまったこともあり、書くタイミングを逸してしまいました。京都市同和行政総点検委員会の話です。

委員会の議論の行方が、どうも怪しくなってきました。ひと言で言えば、これまでのその場しのぎの無責任行政を「救済」する方向に舵を切ったという感じですかね。

総点検委員会の同和奨学金肩代わり返済問題を集中的に協議する「自立促進援助金制度の見直しに係る法的課題整理等研究会」が7月8日、市消防局会議室で開かれました。研究会のメンバーは新川達郎・同志社大学大学院総合政策科学研究科長、中坊公平・元日本弁護士連合会会長、安保千秋・弁護士の3氏。

この日の議論の結果、研究会がまとめた、次回総点検委員会(7月下旬開催予定)に報告する項目は次の3点です。

1 自立促進援助金制度は廃止する。

事務局(京都市)から改革案が提出されましたが、制度自体の存続を前提としたもので、裁判所でくり返し違法と判断された制度を継続することは、たとえ手直ししたとしても、問題をこの先も抱え込むことになりかねない、と明確に批判したのです。

2 そのかわり、返済を免除する新たな制度を創設する。

これまで同和奨学金を借りてきた人たちは、借り受け時、京都市から「この奨学金は返さなくてもよい金だ」という説明を受けてきたわけで、それを今から「返せ」ということはできない、というのが理由です。

こういう事情に配慮して、過去の借り受け者の返済については一律に免除する。ただし、裁判所が違法と認定した2001年度、もしくは2002年度以降に返済がはじまった借り受け者に限定して、新たに定める免除基準により請求するかどうか審査する、ということです。要するに、この際、大半の借り受け者の返済を免除してしまおうということです。

3 新設する免除制度の所得基準については今後の検討課題とする。

現在、国奨学金(国庫補助3分の2)を受けた人に対しては、生活保護世帯の1・5倍以内の所得の場合、5年間返済が免除される制度があります(国が定めた免除基準)。市奨学金(京都市が全額負担)の借り受け者にもこの基準をあらたに適用する制度を作るか、またはまったく別の基準を作るか、結論は先送りとなりました。

以上が研究会の結論です。

1点目の制度廃止については、諸手を挙げて賛成したいところですね。はじめに、中坊公平さんから「制度は廃止しかない」という発言が飛び出したとき、駆け寄って握手したくなったくらいです。

しかし、すぐその後、免除制度を作らないといけないだの、過去に借りた人にたいして今から返済を請求するのは気の毒だなどという議論に入ってしまい、ガックリ。

要するに研究会の総意は、司法で違法と判断された部分についてのみ、なんとか制度を手直ししようということなのです。違法判決はすでに確定しているのですから、少なくともこの判決内容よりゆるい改革案などはじめからあり得ないわけで、研究会の3人は、判決以上に突っ込んで、いまの惨状を招いた行政の抱えている問題点の追及や、より厳しい制度改革はしないと宣言したといっていいでしょう。

京都市にとってこれは、願ってもない案が浮上したといっていいかもしれません。過去に自分たちがやってきたデタラメ行政の責任を問われなくてすむ上、毎年、市が自立促進援助金で20年間にわたって肩代わりしていた行為をなくして、一挙に、しかも一律に免除しようというのですから。

判決で拘束される範囲内でのことなら、別に総点検委員会・研究会などに諮らなくても、できることではないですか。司法では踏み込めなかった、京都市が今も抱える問題点を明確にし、抜本的な解決策を提示することが、この人たちの仕事だったのではないですか。

でもどうなんでしょう。実態はともかく、建前では同和奨学金を受けた人は返済してもらうことになっている現状から、返済を免除するという制度を、この期に及んでつくることが妥当なことなのでしょうか。特別法が失効して6年以上たつ今になって、また新たに同和特別扱い制度創設ということですから、驚きです。

そして、新制度によって莫大な免除金が発生するわけです。これは明らかに、行政の虚偽の説明を原因とする市に与えた損害ということですから、われわれはまた新たに裁判を起こさなければならないということですかね。

自立促進援助金問題では、抜本的な解決策はひとつしかないと思います。

すなわち、自立促進援助金制度を廃止し、また新たに免除制度など創設することなく、法律、条例に定められたとおり、国の減免基準に合致する人をのぞき、全員に同和奨学金の返済を請求することです。

もちろん、部落解放同盟からの強力な要請があったとはいえ、行政は長期にわたって「返済しなくてもいい奨学金だ」と借り受け者に、虚偽の説明をして貸し続けてきたわけですから、これは簡単なことではありません。わたしだったら、きっと返済に応じないだろうな。

しかし、これまで自分たちが、その場しのぎで借り受け者をだまくらかしてきたことを率直に詫び、丁寧に、何年かかっても理解を求めていく以外ないのではないでしょうか。それが市民の税金を、批判にいっさい耳を貸すことなく、無責任にも使い続けてきた行政が果たすべき、最低限の責任だと思うのです。

そして、行政にたいしてだまくらかして貸しつづけることを要求し、またはそれを是認してきた運動団体もまた、行政職員に同行して、各借り受け者宅に足を運び、自らの行いを土下座くらいはして詫びるべきでしょう。

巨額の滞納が発生する可能性が考えられますが、これこそ、京都市の異常な同和行政と解放運動が生んだ「負のモニュメント」として、教訓を長く語り継ぐしかないではありませんか。

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